東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5836号 判決 1971年8月14日
原告
株式会社東武ゴムセンター
代理人
山口邦明
被告
大和自動車株式会社
被告
榎木洋治
両名代理人
渡辺敏久
主文
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の、負担とする。
事実《省略》
理由
一原告主張請求の原因第一項(一)ないし(四)は当事者間に争いない。
そして<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると次のような事実を認めることができる。
本件事故発生交差点は、加害車が進行してきた幅員約六米の歩車道の区別のない道路と、被害車の進行してきた車道幅員約一〇米の両側に歩道のある道路とが、ほぼ直角に交差して形成されているものである。被告榎木は加害車を運転して本件交差点に進入するに当り、自車道路と交差する右一〇米道路の幅員を見誤り、自車進路の幅員より狭いものと考え、右交差点は見とおしの悪い地形であつた(この点は当事者間に争いない)と交通整理も行なわれていないのに、なんら徐行措置をとらず、時速約四〇粁で交差点を通過しようとし、しかも右のような幅員の目測誤認から、交差する道路を進行する車は、停止あるいは徐行して自車に進路を譲るものと軽信し、左右の安全を充分確認せずに進行しようとしたため、折柄左方より前示一〇米道路を進行してきて、加害車と殆んど同時に交差点に進入する訴外菅沼運転の被害車を発見するのが著るしく遅れ、衝突直前ようやくこれを発見するという状況であつたうえ、右発見後、停車措置をとらず、逆に被害車の直前を通過しきろうとアクセルを踏んで加速する措置をとつたため、自車左後部に被害車前部を衝突させるに至り、右衝突により訴外菅沼に頭部挫傷、頸椎捻挫、左大腿部挫傷、両膝打撲および擦過創の傷害を負わせ、同人に六二日間に及ぶ入院治療を余儀なくさせた。
以上のような事実を認めることができ、右認定に反する被告榎木本人尋問の結果の一部は、前掲証拠とくに甲第一九号証の三、四および七と対比するとき、真実を正確に反映しているものとはいい難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、本件事故は、被告榎木の徐行・前方および左右安全確認・安全運転義務に違反する過失が原因となつて発生していること明らかなので、被告榎木は不法行為者として、また<証拠>によると、被告会社は加害車を、その営むタクシー営業のための業務用に利用し、本件事故の際も、その雇用運転手の被告複木をしてタクシー営業のためこれを運転させていたことが認められ、右認定に反する証拠はないので、被告会社は、被告榎木が前記のとおりの過失を犯している以上、運行供用者として、訴外菅沼が身体を害されたことによつて生じた損害について、いずれも損害賠償責任を負わなければならない。
二そこで、原告主張の損害について検討することにする。<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると次のような事実を認めることができる。
訴外菅沼昭男は、一〇年余に亘り、ゴム原料の販売を業とする訴外株式会社成岡商店に勤務し、営業部第一部主任の地位にあつた者である。ところで右成岡商店の代表者である訴外成岡広也はゴム原料を半加工するいわゆるバッチ工場を備えた新会社の設立を計画し、昭和四三年八月四日自らも発起人の一員となる意図で、七名を設立委員として、設立委員会という名目下会合をもつて、協議の結果、原告会社の設立が始まるに至つたのであるがその主として開業準備行為を、発起人を輔佐・代理して遂行する者として、選出されたのが、右菅沼であつた。菅沼はこの命令を受けると、同種業者の工場を見学するなどして調査をかさねて後、工場となすべき建物と敷地の購入に当面の努力を傾注したのであるが、数カ所の土地につき交渉をもつて後、最後には埼玉県下の幸手町および春日部市の二カ所の工場用敷地が候補地としてしぼられてきた。前者は土地にからむ紛争があり、後者は所有者が必ずしも売却に積極的でないという難点があつたが、訴外広岡は、菅沼より報告を受けるや、後者の売収に重点を置くよう指示し、これを受け菅沼は、右土地所有者丸高工業株式会社側と売却方につき数次の交渉を重ね、昭和四三年九月頃には右丸高の代表者に売却の決意を固めさせたものの、なお右工場において操業の実権を握り、それ故に敷地の売却についても決定的な権限をもつ訴外高島宏の会社営業に対する期待あるいは執着から、売却方同意を同一〇月頃迄にはうるに至らず、それ故に代金・物件明渡時期等の売買の具体的条件談合までには遅々として至らず、菅沼および同人の本件事故による入院期間中電話等による連絡で不充分な場合はこれに替つて交渉に当つた前記成岡の数回の交渉でようやく同年一二月二〇日売買契約が成立するに至つた。このため、原告会社は昭和四三年九月二四日には設立登記を了したものの、操業は予定時期より遅れ昭和四四年四月下旬に右土地で開始し、菅沼は管理部長として勤務している。
以上のような事実が認められ、<証拠判断略>。
右認定事実によると、原告の工場敷地入手が右認定のような時期となり、操業開始が予定より遅れたのは、売主側が売却を決意するに時を要したためであり、売買契約交渉が代金等の具体的条件の談合にも入つていない時期の昭和四三年一〇月上旬発生の本件事故による菅沼の入院が売買成立遅延の原因となつているとはとうてい考えられない。従つて、本件事故と原告主張の操業開始遅延にもとづく損害とが相当因果関係にあるとは言い難い。それだけでなく、本来自然人に非らざるものに法人格が認められるのは、関与する自然人の算術的合計以上の利益取得能力をかような主体が有しうることを根底に認めうるからにほかならないからであり、従つてかかる法人は、これに関与する自然人が、賃金・報酬等の対価に応じ、法人に提供する対価相当分の給付を受けつつ、法人それ自体の有する利益取得能力をもつて、より大なる利益をうることになると解せられるのであるから、法人に関与する自然人が事故等により法人に対する給付をなしえなくなつたとしても、それによる法人が蒙る損害は、法人としての人格が変貌をきたさないので、右自然人の給付の対価相当分以上をでることはないはずであり、ただ自然人が即法人であるようないわゆる個人会社の場合は、自然人の事故遭遇により、法人の利益取得能力も毀損されることになるので、例外的に給付の対価分以上の損害を蒙ることがありうるとみるべきであるので、前認定のような原告の従業員にすぎない訴外菅沼の事故による入院をもつて、なんら特段の事情の窺われない本件で、原告主張のごとき損害と相当因果関係をもつ原因とすることは許されない。
いずれにしても、本件事故と原告主張の操業開始遅延にもとづく損害とを、相当因果関係にあるものとはなし難く、その他本件全証拠を検討しても、原告の右損害が本件事故による相当の範囲の損害となる旨の事実を認めるに足りず、従つてその余の事実につき検討する迄もなく、被告らは原告に対し、右損害賠償義務を負わないことになる。よつて、右賠償義務あることを前提とする弁護士費用相当分の請求権も存しないこととなり、結局原告の本訴各請求はいずれも理由なく失当である。
三そこで原告の本訴各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。 (谷川克)